こんな事を言う人がいます。(笑)
就職とは離れていますが、ちょっと見逃せない話です。
突然ですが、あなたに質問させてください。
「どうやったら自分の障害を理解してもらえるだろうか?」
「身体障害についてどうしたら理解できるだろうか?」
あなたはこのように思っていませんか?
「不安」があるのはあなただけではありません。
わたしもそうでした。
とくに難聴者や聴覚障害者はハンデについて自ら言い出さない事もあり、理解しにくい事も一因と言われます。
あなたはいかがですか?
今回は難聴者協会について書きましょう。
私も2級の聴覚障害を持っています。
両耳が100デジベル以上の聴覚障害者で、補聴器をつけています。
1歳の頃に高熱が原因で聴力を失いました。
難聴を持った若い人と話をしていくと、
「難聴者協会はイヤだ」と言います。
実は前の私もイヤだと思っていました。
なぜなら、聴覚障害がある自分を受け入れられていなかったからです。
1970年、1980年代の聴覚障害児の教育は「言葉の発音や思考能力を健聴者並みになる事が成功」であり、そのように育てられていました。これは確かに成功はしましたが、その反動で「聴覚障害者である自分が嫌いでたまらず」聴覚障害を受け入れられない葛藤が30代のごく最近まで続いていました。
現在、私は他人と比べたり、家族や人は障害について理解してもらえない、社会は理解してくれないと嘆いている場合、私は黙っている事にしています。
何故なら、そういった環境の多くは自分の思いが作っているからです。
それに気づかない限り、乗り越える事はできないからです。
私は幸いな事に人のご縁に恵まれ、私が影響を受けた出会いがありました。現在、中途失聴者・難聴者の人達の集まりとして、難聴者協会があります。
そこで出会った一人を紹介させていただきます。
京都府難聴者協会事務局長にして、元全日本難聴者・中途失調者団体連合会国際部長の山口武彦さんです。
山口武彦さんはこれを書いている現在、75歳になられます。
高齢であるにも関わらず、毎日どこかで難聴者のお世話をされています。
年代こそ違いますが、年の離れた私にいろいろな話をしてくれました。
若い頃、28歳で、当時の結核で使われていた、薬品ストレプトマイシンの副作用で失聴し、徐々に耳が聞こえなくなっていきました。
補聴器を使ってもダメで、失聴33年後に人工内耳手術をするまで、全く音が聞こえない状態だったそうです。
山口さん曰く、補聴器を使っても年々聴力が低下していく事の不安さ、周囲とのコミュニケーションが摂れない孤独さは辛い物があったそうです。
33年も無音の世界に!
その経験から、「難聴」というのは単に音が聞こえないだけでなく、目に見えないコミュニケーション障害が大きく、精神的な影響も強く、その受容は健聴者が考えるより簡単なものではないといいます。
さらに山口さんが若い頃から多くの難聴者の方々をお世話したり、行政に対する働きかけをずっと続けてこられた方であり、賞も受賞されていると知った時は驚きました。
人工内耳をつけている以外はどこにでもいそうなおじさんが日本の障害者福祉の歴史に名前が残る人である事。
それを自慢することもひけひらかす事もなく、当たり前のように黙々と人をお世話する。
古き時代のよき日本人がいます。
難聴者の社会的地位の向上を訴える。
情報保障・バリアフリーを訴える。
要約筆記の社会的地位保障を考える。
難聴者が自ら声を挙げて伝えていかなかったら、誰もしてくれません。それはけっして甘えではありません。難聴者の自立に必要なことです。
いいえ、山口さんだけではありません。
難聴者協会でお会いした方々、多くの大先輩方、今は年をとった方々、物故された方が若い頃、30年以上も前に難聴者協会を組織して、ずっと社会的な働きかけをしてこられた歴史があります。
現在、聴覚障害者、難聴者が受けられる福祉サービスの多くはそういった成果です。その背後にはどれだけ多くの方々の苦労と努力があったか、気づいているでしょうか?
21世紀に入り、バリアフリー法など、福祉とハードウェアに関する整備も進みましたが、聴覚障害や難聴については試行錯誤が続いています。
聴覚障害を現行の60デジベル以上を国際的な聴覚障害の基準とする40デジベル以上にしようとする「デジベルダウン運動」があるように、全ての難聴者が福祉サービスを受けられていない問題もあります。
難聴者協会がある事を知らず、難聴だという事を認めたがらない、「聞こえない事は恥ずかしい事」だと思ってしまう方もいらっしゃいます。
肢体不自由や盲人の場合は比較的わかりやすい障害ですので配慮していただきやすいのですが、聴覚障害や難聴は見ただけではわからない事が往往にしてあります。
人任せにしていれば、何も変わりません。
難聴者が自ら声をあげていく必要があります。
情報交換だけしていればいい?
イエスでもありノーでもあります。
単なる情報交換だけではなく、自ら聴覚障害と難聴について学び、どうしたらより幸せに生きていけるか。
それは自分のためだけではありません。
今は聞こえていても、年をとったり、事故や病気で難聴になってしまった人のためでもあります。1つ1つを改善していく。
それをずっと続けてきたのが難聴者協会です。
難聴者協会、ろう者協会にはいろいろな知恵、長い人生を生きて来られた方々が多くおられます。むろん人間ですから完璧な人はいません。「失敗」もあります。
しかし、私はそういった「失敗」を差し引いても大きいと思います。
なによりも、障害を持った人が生きていくのが、今より困難だった時代を生きて来られた大先輩、そして福祉の向上を伝えて来られた方が持つ言葉には本物だけが持つ重みがあります。
そういった叡智を学ばせていただく事はとても大切な事です。
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